第7期基礎講座「地域の産業と暮らし~森林とバイオマス~」

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8月26日(土)・27日(日)に、第3回基礎講座を開催しました。今回の講座では、林業や製材業等の現場を見ながら、森林と人の暮らしのつながり、そして自然と人とのかかわり方を考えます。

まず、塾長の渋澤寿一(NPO法人共存の森ネットワーク理事長)が講義を行いました。

〇講義 「日本の森と人の暮らし~森林とその利用~」

日本の国土の7割は森林です。日本の森は、世界でも稀にみるほど多様性に富んでいます。なぜかというと、日本海に暖流が流れ込むことにより、氷河期の日本列島は、いわば湯たんぽを抱えたような状態だったからです。人が木を伐り、森に光が入ることによって、日本の森林の多様性は保たれてきました。

日本海という「湯たんぽ」を抱えた日本列島

荒地には最初に松が生え、次第に土が肥えてくると、落葉広葉樹が生えます。これを放置すると、次第に常緑広葉樹に覆われます。すると地面まで光は届かなくなり、極相林となって多様性は失われてしまいます。「里山を守る」ということは、木を伐って、光をコントロールし、「多様性を守る」ことなのです。

秋田県秋田市の鵜養(うやしない)という集落には、共有林が34箇所あり、そこを順繰りに皆伐して、薪や炭に利用しています。皆伐した翌年は、ワラビの宝庫になります。広葉樹は切り株から萌芽し、放っておいても30数年たてば、元の里山に戻ります。里山は、衣食住のすべて(食料や燃料、田畑の肥料、衣服の繊維、道具や家を作るための材……)を与えてくれました。

東北には「栗林一町、家一軒」という伝承があります。米が不作であっても、一町歩(1ヘクタール)の栗林があれば、10人の家族が飢えずに済んだのです。驚くことに、縄文時代の三内丸山遺跡にも、栗を栽培した痕跡があります。

平安時代の太政官符(国が出す制令)には、「森と、川と、自分たちの住む在(ざい)は、全てつながっている。森に降る雨が、田畑や川を潤し、そして生活が成り立っている。森を伐りすぎるな!」という意味の文言が書かれています。川の水は海に行き、雲となり、雲がまた、森に雨を降らせる。その循環を昔の人は理解していたのです

持続可能な循環型社会が壊れてしまった要因は、「戦争」です。戦争によって、日本の森は禿山(はげやま)になりました。戦後の復興のために拡大造林が奨励されました。実は、建材を生産し、利益を得るための森づくり(=林業)が行われるようになったのは、ごく最近のことなのです。ところが戦後、薪は石油に、建物は木からコンクリートへと変わり、暮らしが大きく変わりました。戦後の植林の結果、50~80年生のスギやヒノキの木材蓄積量は最大となり、日本のスギの価格は世界で最も安くなっています。なのに流通しません。どうしてでしょうか。木はかさばって重い、複雑な流通システムがある、ストックすると保管料がかかる、人手が足りない(林業従事者が少ない)など、理由はたくさんありますが、何よりも私たち暮らしのあり方、消費者のニーズ、価値観が変わらないと、木材は流通しないのです。

持続可能な社会のキーワードは「循環」です。海と山の循環、森の循環、水の循環、神の循環……人は、循環の中で生きています。森と少しでも関わり、循環する暮らしを取り戻すことで、私たちの価値観も、世の中も変わっていくのかもしれません。

■映画「奥会津の木地師」

かつて日本には、山から山へと移動しながら、碗などの木地物を作る「木地師」といわれる人々がいました。真庭市の旧川上村には、郷原漆器という伝統工芸が今も受け継がれていますが、「木地師」も、旧湯原町や旧中和村等で活躍した歴史があります。

これから上映する作品は、昭和初期まで福島県南部の山間地で移動しながら木地物を作っていた木地師の方々による、当時の生活と技術の再現記録です。

まず、山中に木地屋敷を復原する作業がはじまります。柱は山で伐採した木を使い、屋根や壁は笹で葺きます。囲炉裏、座敷、作業場を設え、生活に必要な水は、近くを流れる沢水を家の中に引き入れました。屋敷ができあがると山の神を祀り、フイゴ祭りをします。

碗作りは、山でブナを伐り倒すところから始まります。伐り株には笹を立てて、作業が無事に終わるよう祈ります。そして、倒したブナに山型の切り込みを入れて、マガリヨキでそのその山型をはつっていきます。これがお椀の荒型です。

荒型は木地屋敷に運び、外側を削り整えて、内側を刳ります。その作業は主に女性が行います。最後に手引きロクロを使い、仕上げていくのです。できあがった木地椀は、町へ運ばれ、漆を塗って仕上げます。それが、私たちが普段使っている、お椀なのです。

■土場の見学(有限会社寿園 代表取締役 梶岡泰士氏)

私の会社では、お茶の栽培・製造・販売と木材の素材生産を行っています。私が育った真庭市富原地区は、お茶の栽培に適した場所で、かつては原木椎茸栽培も盛んに行われていました。摘み取ったお茶は、蒸気で蒸します。その燃料は、昔、薪を使っていました。薪を伐採した跡地にスギ、ヒノキを植林してきたので、木材の素材生産も行うようになりました。現在は、近隣の山主さんから伐採作業の受託も行っています。

木材を豊富に使用した建屋

この土場は、伐採した木を、チップに加工するために作りました。この建屋も、木材を豊富に使っていますが、木材の費用は、建設費用全体の3分の1程度です。そのぐらい、木材は安いです。現在、会社には10数名の正社員とアルバイトを雇っています。ここで働き、独立した人もいます。

有限会社寿園の梶岡泰士さん

伐倒から枝払い、玉切りまでを一気に行うハーベスター、伐採した木材を山から搬出するフォワーダー(キャタピラーのついたダンプ)、木材を掴んでトラック等に乗せるグラップルなど、林業機械はさまざまあります。掴んだ木材を思う方向に投げることだってできる。女性でも機械の操作は可能です。ただ林業は、命を失うような危険なこともたくさんあります。大切なのは、自分を過信しないこと。そして危険を察知する能力だと思います。

■夕食(真庭・食べる薬草振興協議会 戸田温子さん、井原利子さん他)

今回の夕食は、真庭・食べる薬草振興協議会の皆さんに、さまざまな野草、薬草を用いて、料理を作っていただきました。ハコベ、イノコヅチ、タンポポ、オオバコ、アザミなど、さまざまな野草が入ったカレーをメインに、スベリヒユを使った冷や汁、スギナやユキノシタなどの天ぷら、オオバコの穂やナスタチウムなどを入れたおからのサラダ、クロモジのプリンなどなど、たくさんの料理が並びました。サラダチキンには、カキオドシとヨモギとヨメナで作ったジェノベーゼソースをつけていただきます。

料理に使った野草・薬草を説明する戸田温子さん

「こんなに食べられる野草がいっぱいあるなんて知らなかった」「薬草というと苦いイメージがあるけれども、全然苦くない」「カキオドシはいい香りがする」「これはどこに生えているんですか」など、興味はつきません。どの料理も美味しくて、私たちの身の周りにある草木の豊かさを改めて実感し、みんな大満足でした。ありがとうございました。

カキオドシを使ったジェノベーゼソースは絶品

■木材市場の見学(真庭木材市売株式会社 常務取締役 井原敬典氏)

真庭木材市売(株)は、ここ久世と月田地区の2か所で、原木市場を運営しています。毎月、市が立ち、競りで原木が取引されます。木材を購入するのは、主に製材所です。製材所には、主にスギを挽くところ、ヒノキを挽くところ、小さい木で専門に挽くところ、板を挽くところ、柱を挽くところなど、それぞれに専門分野を持っています。これを「専門挽き」と言います。「専門挽き」を行う製材所が多いのが、真庭の特色でもあります。

丸太に書かれた数字や記号を説明する井原敬典さん

ここに並んでいる丸太には、出荷者ごとの記号や材の直径がクレヨンで書かれています。材積は、最小直径(末口の径)を二乗し、丸太の長さを掛けて計算します。一般的な家の柱にする14~16センチ直径のヒノキで、1㎥あたり1万9千円前後で取引されています。つまり同直径の3メートルの長さのヒノキの材で、1本1300円程度だということになります。スギはさらに安く1㎥あたり1万1千円前後(1本740円程度)で取引されています。新型コロナウィルス感染症の影響によりウッドショックが起こり、ヒノキは1㎥あたり5万円以上で取引されることもありましたが、今は安い価格に戻っています。

■製材所の見学(山下木材株式会社 社長 山下昭郎氏)

私たちの製材所では、住宅用の構造部材を製材しています。スギは梁や桁に、ヒノキは柱や土台になります。原木市場から仕入れた丸太は、まず樹皮を剥きます。この丸太が建材なるまでには「製材」、「乾燥」、「仕上げ」の3つの工程があります。カンナをかけて仕上げた材は、プレカット工場へと運ばれます。

製材所を営む山下昭郎さん

製材は、帯鋸がついた機械で行います。丸太の切り口にレーザーを当てて、いかに効率的に、また、表面に節が少なくとれるか考えます。これを木取り(きどり)といいます。この機械は、帯鋸が2枚ありますので、一度に2面の製材ができます。それを90度回転させて、もう一度通すと角材になります。太い木であれば、側板から、さらに板材がとれます。風倒木と呼ばれる繊維が途中で切れた材や虫腐れの木は、強度が弱いため、この工程で弾かれます。

次に材を乾燥する工程に移ります。この乾燥機は、120度近い高温の蒸気で材を乾燥します。以前は重油炊きのボイラーを熱源として使用していましたが、現在はバイオマスボイラーを使っています。丸太の樹皮や仕上げの工程で出るカンナ屑や木片等を燃やし、再利用しています。

樹皮は木材を乾燥する燃料になる

木材は繊維の塊ですので、乾燥する前は真っすぐでも、乾燥後に曲がることもあります。目視の曲がりなどを確認した後は、機械で水分と強度を計測します。それをクリアしたものだけが、カンナをかける工程に進みます。

機械のカンナにあてて、全体的にカンナがかかればOK。カンナがかからない箇所がある木材は弾かれます。材の太さが足りない証拠だからです。他にも、割れのある材、虫食いのある材は、B級品です。B級品は、3分の1程度の価格で取引されます。

材の欠点を説明する山下さん。素人目には、なかなかわからない。

プレカットとは、木材を切断し、継ぎ手や仕口の加工を施す工程です。昔は、大工が鑿(のみ)などを使い、手仕事でやっていた作業です。かつては数か月かかった作業を、機械を使って一日で仕上げることができます。材には“いろはにほへと”の文字と数字が印字してあります。横方向に使う材には、横方向に記号が印字されており、縦方向に使う材には縦方向に記号が印字されています。これらの記号と住宅の平面図を照らし合わせて組み立てると、誰でも住宅の骨組みを作ることができます。

機械によるプレカットにより刻みをいれた部材

こうして、伐採現場から木材市場、製材所、プレカット工場を経て、私たちの家が出来上がるのです。

■真庭バイオマス発電所とバイオマス集積基地

バイオマス発電所は真庭産業団地の一角にあります。今回はバス車内からその外観だけを確認することができました。発電所の発電能力は1万kW(キロワット)で、一般家庭約22,000世帯分の使用電力に相当します。

そのまま、バスは真庭バイオマス集積基地に向かいました。バイオマス集積基地は、製材端材や樹皮、枝葉などが集積され、燃料用や製紙用のチップに加工されます。これまで林地残材として山にそのまま放置したり、お金を出して廃棄物として処理されていた木質バイオマスが、ここでは有料で引き取ってもらえるのです。業者だけでなく、庭木を剪定した際の枝葉なども含め、一般の持ち込みも増えています。

広大なバイオマス集積基地

最後に、塾長の渋澤寿一より、総括の講義がありました。  

■講義「里山資本主義の道のり」

地域は、「非経済的価値」(食料やエネルギーの自給、共同作業、寄り合い、祭りなど)と「経済的価値」(お金)によって成り立っています。「経済的価値」は「外部経済」(工場誘致や観光振興など)と「内部経済循環」(地域内でお金を循環させる仕組み)によって成り立っています。

真庭市は、木質バイオマスの活用の先進地といわれ、「里山資本主義」という言葉で有名になりました。これは、木質バイオマスの活用による「内部経済循環」の仕組みです。かつては多くの山村と同様に、真庭の人々も、山には何の価値もないと考えていました。しかし、製材所やコンクリート会社、酒造会社などの若手経営者が集まって「21世紀の真庭塾」を結成し、木質バイオマスを活用した地域づくりに本気で取組はじめました。1997年、彼らは「2010年真庭人の一日」という物語を描いています。13年後の、ある一日を描いた物語です。13年後に、この物語を検証してみると、ここに書かれていることの8割は実現していることがわかりました。未来は、政治家がつくるものでも、コンサルが描くものでもない。自分たちが描き、つくり出すものなのだと、私は真庭の皆さんから学びました。

「13年後、私はどんな暮らしているのか」を本気で描いた。

はじめは、製材所から出る製材端材などを活用し、燃料利用(燃料用のペレット、チップ等)やマテリアル利用(ひのきの猫砂、木片コンクリート等)の仕組みをつくりました。

ところが、製材所から出る木質バイオマスだけでは、安定供給ができないことがわかってきました。住宅需要の変動などにより建材を生産するラインが止まってしまうと、チップや木粉などの副産物が出ないのです。そこで、山から直接、風倒木や林地残材など、木材市場では売り物にならないものを集積基地に集める仕組みをつくりました。

集積基地では、一般材(製材端材など)はトンあたり3千円、未利用材(林地残材など)はトンあたり5千円で買うことにしました。高い、安いといった議論もありました。でも自分たちで価格を決めて、それまで価値がないと捨てていたものを流通するようになったのです。
その結果、1万キロワットの木質バイオマス発電所が完成し、地域内エネルギーの自給率は37パーセントを超えました。重油に換算すると、年間約20億円を地産地消するようになったということになります。このお金は、以前は、中近東などの産油国に払っていたお金です。それが地域内循環し、雇用を生み出し、山の所有者にもお金が入るようになったのです。

木材は、重くて、汚くて、かさばります。それゆえに、多くの人がかかわらないと流通しません。木材の価格を自分たちで決めるということは、森の価値を自分たちが決めるということです。全員の思いがまとまらないと、木材は流通できません。

真庭市中和地区では、津黒高原荘という宿泊施設の薪ボイラーに地域の薪を供給する仕組みが8年前にできました。薪土場を管理する赤木直人さんは、その仕組みができたことを、こう評価しています。

「地域にお金を留まらせるため、地域の温泉施設が灯油ボイラーから薪ボイラーになりました。それからすべてはスタートしていますが、お金の地域内循環が大きな成果ではなく、これをきっかけにたくさんの人が関り、そこに話題が生まれ、昔のような協調する仕組み(自治)ができたこと、これが一番の成果であると思います」

便利で豊かになったといわれる日本は、本当に幸せになったのでしょうか。これからの社会をつくる上で、どんな価値観が必要なのか。関係性をつくることこそ、地域づくりであることを彼から教わりました。
持続可能な社会をつくるには、人と人、人と自然、世代と世代が、つながること。つながるには、お互いが関心と共感を持ち合う社会をつくることが大切です。

次回は、改めて北房地域のご高齢の方を訪ねて、戦前、戦中、戦後を生き抜いてきた皆さんの人生の歩みから、地域の歴史を辿りたいと思います。

≪講義資料≫ ①日本の森と人の暮らし ②里山資本主義への道のり