第6期基礎講座「地域をあるく・みる・きく」

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6月11・12日(土日)に、第6期「基礎講座」が開講しました。本年度は18名の塾生が真庭市中和(ちゅうか)地区に通い、共に学びます。

入塾式では、主催者を代表して真庭市の伊藤敦哉福市長にご挨拶をいただきました。ついで、中和地区を代表して中和地域づくり委員会の大美康雄さんにご挨拶いただき、あわせて地元実行委員の皆さんや、同地区に移住した卒塾生やスタッフも紹介いただきました。

続いて、渋澤寿一塾長が、塾のガイダンスと地元学についての講義を行いました。

◆講義「真庭なりわい塾の目指すもの」&「地元学」

私たち日本人の暮らしは、高度経済成長期を境に大きく変わりました。かつては自給自足が基本だった暮らしが、すべて「お金」で賄う暮らしへと変化しました。便利で快適な暮らしを手に入れることができた一方、地球環境には大きな負荷がかかっています。「お金」に対する人間の欲望は際限がありません。投機マネーは、実体経済の70~100倍ともいわれており、貧富の格差も広がっています。

農山村は、過疎化や少子高齢化などの課題を抱えるようになりました。一方で、都市は、食料やエネルギーのほとんどを海外に依存しています。「無縁社会」という言葉に象徴されるように、人と人との関係も希薄になりました。「今だけ・お金だけ・自分だけ」という社会は持続可能ではありません。

幸い農山村には、水や食料、エネルギーを自給できる基盤があります。真庭なりわい塾では、農山村から未来を考えたいと思います。お金とは何か。働くことの意味とは何か。経済性や効率ばかりを優先する社会ではなく、人と人、人と自然がつながりあう未来を、皆さんとともに考えていきたいと思います。

今日これから行う「地元学」は、地域の皆さんと一緒に集落を歩いて、家々や田畑、水路、里山の景観等から集落の成り立ちを読み解く手法です。

「地元学」が最初にはじまったのは、熊本県水俣市です。水俣病は、チッソ(化学工場)が排出した有機水銀が食物連鎖によって体内に入り、神経系が冒される中毒性疾患です。はじめは原因がわからず、患者への激しい差別や分断が生まれました。そうした差別や分断を乗り越えるために、関係性をつなぎ直す「もやい直し」の活動として「地元学」が生まれました。

今日は、ここ中和地区で「地元学」を行います。それぞれの集落は、どのような自然条件の中で、どのような知恵によって、暮らしをつくってきたのでしょうか。水(水源、水路、川など)、 光(日照時間、陽射しなど)、風(強さ、季節、風の道など)、土(地形、地質、地味など)、生き物(植物、動物、魚など)、食べ物(種類、日常とハレの日、調理、素材など)、産業(日々の生業、稼ぎなど)、そして神様・心(神棚、石仏、祈り、祭りなど)、道具(種類、加工など)、……古いもの、新しいもの、興味をもったもの、何でも聞いてみましょう。地域の風土や文化、生活、歴史。人々が今につないできたものを体感するのが「地元学」です。

渋澤塾長の講義のあと、一の茅(いちのかや)、初和(はつわ)、下鍛冶屋(しもかじや)の3つの集落に分かれて、「地元学」を行いました。

2時間ほどかけて歩いて、見て、聞いた内容は、翌日、模造紙にまとめて、グループごとに発表し、共有しました。

 ◆Aグループ:一の茅集落

旭川の上流、植杉川と山乗川の合流地点にある一の茅集落は、水のきれいな集落です。水道の水は、どの家も地下水を汲み上げて使っています。川の上流から流れる水は、各家に引き込んで、野菜などの洗い場として使用し、その水が、田んぼの用水へと流れていきます。洗い場には、各家とも水神さんが必ず祀られており、水を大切にしていることがよくわかります。

上流の川から水を引き入れた洗い場

集落の祭りや行事は、年に17回もあり、それが集落の結束の源となっています。

かつて、水田のほ場整備(小さい区画を整理統合し、用水路などを整備すること)を行ったときにも、喧嘩は一切なかったと言います。この整備をきっかけに、大型の農機具は共同で所有するようになり、田植えや稲刈りは、順番に共同で行うようになりました。

集落内を歩いてまわると、昔ながらのカマドを今も大切に使い、軒下には薪を積んでいる家もありました。そして最後に、植杉川の上流にある「車戸神社」を案内していただきました。神社は、眼下に清流を望む切り立った崖の上にあり、毎年10月中旬に例祭が行われています。ちなみに、中和小学校に隣接する中和神社は「車戸神社」の里宮として創建され、旧村内の各神社を合祀しています。

ご案内いただいた地域の方とともに

◆Bグループ:初和集落

初和は、旧中和村の一番南の地域で、旧湯原町と旧八束村と接する集落です、昭和27年に着工、昭和30年に完成した湯原ダムにより、集落の半分以上がダムに沈みました。

今回は初和に住む集落の若手(といっても50代)の3人に集落を案内していただきました。

初和は水が豊富な地域で、水道は今も集落で管理し、無料で使うことができます。各家に水道のメーターは付いていないのですが、皆さん水を使いすぎないようにと気を付けているそうです。水道の管理は担当が決まっているわけでもなく、大雨や大雪の日になると水源の施設まで行って様子を確認するそうです。

水路をたどりながら集落を歩く

案内してくださった方の家には昔の農具や生活用具が今も残っています。農家といっても農作業だけをしていたわけではありません。一見、農家とは関係ないような水道工事の道具などもあり、暮らしに必要なことは何でもして地域の中で生きていたということが感じられました。

田んぼを均す道具・えぶり

初和のシンボルともいえる大きな銀杏の木の麓には観音堂と荒魂神社があります。観音堂の中には女性の乳房を模した木のお椀のようなものが飾られており、案内役の方も乳銀杏として、乳が出るように祈願されていた木だったとは知らなかったようで、ずっと初和に住んでいるのに「これは初だわ!」と驚いていました。

◆Cグループ:下鍛冶屋集落

昭和30年ごろ、下鍛冶屋にある300mほどの大通りは、中和地域の中心街でした。「中和銀座通り」と呼ばれ、雑貨、食堂、呉服屋、豆腐屋、麹屋などのお店が並び、その様子は「今でいうショッピングモールのよう」だと塾生は表現しました。

かつてのどんなお店があったのか。地元の方が書いてくださった地図で確認する。

今では空き家も多く、当時の賑やかな面影はあまり残っていませんが、生まれ変わった何軒かの空き家があります。ひとつは「えがお商店」。空き家になっていた商店が、地域の拠点として生まれ変わりました。そして、かつて食堂だった建物は、これからシェアキッチンになる予定です。

今の下鍛冶屋地区を地図にまとめる

また最近、下鍛冶屋に住む地元の若者と移住した若手が「ふいごの会」というグループを作り、情報交換を気軽にできる場を設けたり、共同で蕎麦や大豆を作ったりもしているそうです。

昔からあるモノや想いを大切に受け継ぎながらも、そこには新しい風が吹いていることを感じさせる下鍛冶屋集落でした。

ご案内いただいた地域の方との集合写真

今回は、「地元学」をとおして、中和地区(旧中和村)の輪郭を少しつかむことができました。村の暮らしの基本は、限られた自然の中で、お互いに助け合いながら、自給と自足を基本として生きることです。それは都会よりも、人と人との距離、人と自然との距離がずっと近い暮らしでした。そして参加した塾生同士も、今回、改めて自己紹介をし、入塾した動機やお互いの想いを共有することで、その距離をぐっと縮めることができたように感じています。

次回は「食と農」をテーマに、再び、地域の皆さんにお話を聞きながら、学んでいきます。都合により初回、参加できなかった方も、楽しみにご参加ください。

※講義資料 真庭なりわい塾ガイダンス&地元学