8月6日(土)~7日(日)に、第6期真庭なりわい塾の基礎講座を実施しました。今回の講座では、里山や林業・バイオマスに関する講義とあわせて、記録映画の上映、人工林の伐採作業の見学などを行い、人と森林とのかかわり方について、改めて考えました。
◎講義「日本の森と人々の暮らし」
塾長 渋澤寿一(NPO法人共存の森ネットワーク理事長)
私たち日本人は、森の「成長量」にあわせて、つまり「自然の利息だけを使って暮らす」知恵や心を持っていました。たとえば、秋田県河辺町(現・秋田市)の鵜養(うやしない)という集落では、毎年一定の広さの里山(共有林)を伐採し、ひと冬に必要な燃料(薪)として利用してきました。30年ほど経つと、伐採した広葉樹は萌芽更新し、元の里山に戻ります。伐採した直後の斜面は、日当たりがよく、カタクリやワラビの宝庫となります。順繰りに伐採することで、里山を持続可能に利用してきました。
里山には、食料となる山菜や木の実、薪や炭などの燃料のほか、牛馬に食べさせる飼料や敷料、田畑の肥料、建材、生活用具の材料、衣服や紙の繊維となる材料などがあり、衣食住のほぼすべてを賄ってくれました。たとえば、山形県小国町金目には、「栗林一町、家一軒」という伝承があります。栗林が1ヘクタールあれば、たとえ米が一粒もとれなくても、10人家族のカロリーを賄うことができたということです。
森は、人間が木を伐ることで光が入り、その多様性が保たれます。人は自然生態系の一部であり、人が森を持続可能に利用することで、その豊かさも保たれてきたのです。
ところが、私たちの暮らしは、石油などの化石燃料に依存するようになり、森を利用しなくなりました。そして、人も森も高齢化しました。たとえば、年を取り過ぎた広葉樹を伐っても萌芽更新はしません。以前にはなかったナラ枯れの被害も広がりました。
戦争は森を破壊します。第二次世界大戦中は、日本じゅうの森林が伐採され、山が荒廃しました。戦後の復興のために拡大造林が行われましたが、せっかく育ったスギやヒノキも、私たちライフスタイルや価値観の変化によって、上手に使うことはできず、放置されているのです。
◎映画「奥会津の木地師」&「からむしと麻」
講義の後は、民族文化映像研究所が制作した2本の記録映画を鑑賞しました。
1本目は、「奥会津の木地師」です。かつて山を移動しながら、ブナなどを伐採し、うつわを作っていた木地師。その生活と技術を再現した記録です。まず、山の木を伐採し、笹で葺いた木地屋敷を建て、そこに水を引き入れ、作業場を設えます。男たちは斧1本でブナを倒し、マガリヨキを使って器用にお椀の荒型を掘り出していきます。女たちはその荒型を整形し、さらに足で押さえながら中をくり抜きます。そして最後に手引きのロクロでお椀を仕上げるのです。その一連の作業を見ながら、かつて山で生きてきた世代と、今の私たちとの技術や経験の違いに唖然とするしかありませんでした。
一方、「からむしと麻」は、植物から繊維を取り出し、糸に紡いで布を織る、一連の作業を記録しています。からむしと麻は、その性質が異なるため、栽培の仕方も細かな作業工程も微妙に異なります。共通するのは、繊維から糸を紡ぎ、布に織りあげるまで、延々と根気のいる作業が続くということです。衣服を一からつくるということが、どれだけ大変なことか。改めて考えさせられました。
◎里山のフィールドワーク
映画鑑賞後は、津黒いきものふれあいの里でフィールドワークをしました。
まずは里山の風景を眺めるところからスタート。川、森、水路、田んぼ、民家、草原など、人の手が加わった様々な環境が、身近な自然の風景の中にモザイク状にあることを確認しました。そこに生えている主な樹種や、里山の恵みを利用して行われる炭焼き、たたら製鉄の名残、植物で作られた道具類(すげ蓑、ぼうりょう、ガマ細工等)などに実際に触れてみました。
中には、映像の中で見たものと共通の道具もあり、より映像の世界がリアルにせまってくるようでした。人気だったのは、カンスゲとシナノキだけで作られたスゲ蓑です。雨を弾き、汗蒸れを外へ逃してくれる、意外と高機能な雨や雪除けになる外衣です。
◎人工林の伐採作業の見学
2日目は、真庭なりわい塾一期生の大岩功さんらが営む「はにわの森」で、人工林や林業について学ぶフィールドワークを行いました。
中和地区在住の實原将治さんに人工林の伐採作業を見せていただきました。木を倒す方向を見定めながら、木々の狭い間隔をぬって倒します。実際は思った方向に倒せず、伐採した木が掛かり木になってしまったのですが、それを上手に外して、安全に倒す技術も見せてもらうことができました。また、大小様々なチェンソー、安全のための林業用の衣類、木を転がす道具など、山仕事の道具を見せていただきました。
数年前に早期退職され、林業に携わるようになった實原さん。危険な作業ではあるけれど、楽しそうに生き生きと林業のお話される姿が印象的でした。
帰りには製材の様子も見学しました。木工職人である真庭なりわい塾一期生の中山真さんは、「はにわの森」で伐採された木を、はにわの森の一角に設けられた木工所で製材しています。森で伐採した木は材木屋に持ち込まれ、縦にスライスした状態で帰ってきます。それを乾燥させ、中山さんが両端や表面を削って仕上げていくのだそうです。
この板材は、はにわの森の施設やスタッフの自宅の改修工事用の材になります。分業化されすぎたため、まるでブラックボックスのようにモノができてゆく過程や技術がわからなくなっている現代。その中で、できるだけ手づくりの暮らしの体験をして欲しい、との想いで運営されている「はにわの森」ならではの木材の自給スタイルでした。
◎講義「里山資本主義の道のり」 塾長 渋澤寿一
最後に、地域づくりの視点から、森林や木質バイオマスの利活用について塾長に講義していただきました。
はじめに、江戸時代の終わりに植林された250年生の吉野杉の森の写真を見せていただきました。これと同じ森をつくるためには、6~7世代が森をつくるという価値観を共有しなければなりません。途中で人の価値観が変わってしまえば、このような美しい森をつくることはできないのです。
一方で、私たちは石油を使っています。最近は価格が高騰し、1リットル170円ぐらいでしょうか。でもこの金額は、石油を掘り出し、精製し、日本に運ぶまでに必要な経費を換算し、さらには為替レートなどをもとに相場が決まっているだけのことであって、そもそも石油ができるまでの数千万年という時間は、この金額には含まれていません。木材も同じことで、1立米が数千円という取引価格には、この木を育てられてきた数十年、数百年という時間が含まれているとは思えないのです。
現在の私たちの社会は経済性や効率性ばかりが重視されています。もともと地域の幸福は、自給自足を基本とした暮らしの中にあり、お金に換算することができない人と人、人と自然との関係性によって成り立っていました。けれども、現代ではそれは、非経済的価値とされています。現代ではお金で換算することができる経済的価値ばかりに目が向けられているのです。
経済的価値の多くは、外部経済へのアプローチ(産業振興や工場誘致、農産物のブランド化、観光振興など)によってもたらされます。しかし、真庭では、むしろ内部循環経済が大切ではないかと考えるようになりました。たとえば、地域資源を活用し、エネルギーを自給することによって、海外の石油は買わなくても済むようになります。つまり、内部のお金を外部に流出させるのではなく、地域内で循環させようと考えたのです。
地域の人が働いて、木質バイオマスを活用し、内部経済を循環させることにより、真庭のエネルギー自給率は30パーセントを超えるようになりました。これは、石油代替量に換算すると年間約10億円になります。中和地区のような小さな地区でも、温浴施設のボイラーで使う薪を、地域内で自給する仕組みをつくることで、小さな内部経済の循環が生まれています。でも、その中心を担っている一社アシタカの赤木直人さんは、内部経済の循環が生まれたことだけが、大切なのではないと言います。薪を活用する取組によって、それに関わる地域の人同士が、互いに顔の見える関係になったことが一番大切だと言うのです。
木はかさばって、重たいものです。誰かが伐って、運ばなければならない。そして乾燥させなければならない。非常に厄介なものです。だからこそ、それを利用すると、そこにはおのずと人と人、人と自然の関係性が生まれます。マザー・テレサは、「愛の反対は憎しみではなく、無関心だ」と言いました。持続可能な社会をつくるためには、人と人、人と自然、世代と世代のつながりが大切です。つながるためには、お互いが関心をもち、共感をもつことが重要なのです。
―― さて、今回の講座では、かつての日本人の暮らしが、いかに森によって支えられてきたのか。また、人もまた自然生態系の一部であったはずなのに、そのつながりが切れてしまたことで、森そのものも、その活力や多様性を失いつつある。さらには現代は、経済性や効率性ばかりを優先し、人と自然、人と人との関係性が切れてしまい、持続不可能なのではないか、ということを学びました。では、どうしたら、私たちは、本来の森(自然)と人とのつながりを取り戻せるのでしょうか。皆さんは、どのように考えたでしょうか。
次回の講座では「地域コミュニティとこれからの生き方・働き方」と題して、改めて人と人、人と自然、世代と世代のつながり(コミュニティの成り立ち)と自治の大切さについて学びます。あわせて、中和地区に移住した方々のお話を聞きながら、塾生一人ひとりが、これまでの生き方、働き方を振り返るワークショップを行う予定です。