11月8日(土)~9日(日)に、第8期基礎講座を開催しました。今回は、地域経済の構造について学び、私たちの暮らしが持続可能であるためには、何が必要なのかを考えました。また、中和地域に移住した方々のナリワイの話を通じて農山村の暮らしについて考え、ワークショップでは「X年後のわたし」を探求。さらに、江戸時代の暮らしや価値観から持続可能な未来について考えました。
1日目
◆講義「経済と地域〜これからの幸福論〜」副塾長:駒宮博男
持続可能な地域経済をテーマに、現代社会が抱える課題とその解決の方向性について駒宮副塾長の考察を聞きました。まず、アメリカの大統領選挙から「都会 vs. 田舎」や「anywhere派(どこにでも住める人々) vs. somewhere派(地域に根付く人々)」という分断があることを説明し、こうした分断が広がる傾向は世界的に見られると言及しました。
次に、持続可能な経済のビジョンとして「ドーナツ経済学」を紹介しました。これは、従来の成長依存から脱却し、地球環境の限界を超えない範囲で、社会的な充足(貧困や格差などがない社会)を実現し、全員が豊かに繁栄していくための新しい経済モデルです。
現状では、先進国は豊かな社会を維持する一方、地球環境には大きな負荷をかけており、その例として、日本や北欧諸国が挙げられました。一方で、ある程度の社会的水準を維持しながら環境への負荷が少ないのはベトナムです。こうしたモデルに私たちは見習うべきなのかもしれなません。
また、世界の富裕層トップ10%がCO₂排出量の半分を占めているというデータも提示し、環境負荷を抑えつつ生活の質を維持することがどれほど困難かという現状を指摘しました。
続いて、地域経済を「見える化」する指標として「ML3」(ローカル・マルチプライヤー3)を紹介し、資金が地域内で循環するためには、原材料や雇用する人を地域内で調達することが重要だと説明しました。また、私たちの生活費(食費や燃料代など)の多くは、地域外へと流出してしまう「穴のあいたバケツ」のような現状があるとし、地域経済を活性化するためには、バケツの「穴」を塞ぐことが重要だと述べました。
さらに、駒宮副塾長は、シューマッハが提唱した「仏教経済学」を取り上げ、持続可能な経済は「足るを知る」精神に基づくものだと解説しました。物欲に縛られず、必要なものを自分たちで生み出す精神が地域経済の核にあるべきだとし、それが「幸せの経済」を実現する鍵だと提唱しました。そして経済成長が終焉を迎え、また所得格差が広がり、貧困層が増えている日本の現状を提示し、これからは自給自足や資源循環を基盤とした生活改革や経済改革が不可欠であり、その一歩として、真庭なりわい塾が提唱する「『買う』から『つくる』へ 」踏み出すことが大切なのではないかと締めくくりました。
◆トークセッション「再びナリワイと移住について考える!」
高橋祐次・玲奈さんご夫妻と小林加奈さんから、中和地域に移住したきっかけや現在の暮らしやなりわいについてお話を伺いました。
「自分たちが食べるものは自分で作りたい」~狩猟と稲作で暮らす高橋祐次・玲奈さんの暮らし
高橋さんご夫妻は中和地域に移住して9年になります。現在、稲作と狩猟を主な収入源としながら、自給自足に近い生活を営んでいます。元々は東京でスポーツに関わるお仕事(祐次さんはテニスラケットのガットを張る仕事、玲奈さんはスポーツをする人の心身を整えるコンディショニングトレーナー)をしていたお二人でしたが、普段口にする食べ物に疑問を感じ、安全で安心な食材を求めて、自らつくる道を選びました。玲奈さんのお母様の急逝も重なり、「人生を後悔したくない」との思いで地方移住を決意したそうです。
移住後は農業と狩猟の師匠を見つけ、初めての田舎暮らしをゼロから学びました。農業の師匠には単に技術だけではなく、農家の暮らし方についても学び、3年目には独立して本格的に始動。また、狩猟の師匠にも1年間、山をついて歩き、罠猟や解体方法なども学んで、狩猟免許を取得しました。お米やジビエはまず自分たちで消費し、余剰分を通販や直販で販売しています。
住居は古民家を改修。地域の役割も積極的に担い、移住して2年目には自治会長を務め、神社総代も経験しました。さらに、中堅世代の仲間とともに「ふいごの会」を設立し、耕作放棄地の活用に取り組んでいます。田舎暮らしには草刈りなどの共同作業も欠かせませんが、高橋さんは「自分の家の前を綺麗にするような感覚で、村全体も整えるのが当たり前」という感覚で、自然に受け入れています。「田舎暮らしは楽ではありませんが、生活の質は格段に良く、何よりも人間として生きている実感があります」と穏やかな笑顔で語りました。
「人と自然がまじわる、里山が好き」~多様ななりわいを築く、小林加奈さんの暮らし
岡山県北部の田舎で育った小林加奈さんは、中和地域に移住し8年目。イラストやデザインの仕事を中心に、地域資源を使ったハンドメイドのアクセサリー制作や生態調査など、幅広い活動を行っています。アメリカの大学では野生動物保護について学び、国内外で自然保護の仕事に携わった小林さん。中和地域への移住は、ネイチャーセンター(津黒いきものふれあいの里)に勤務することがきっかけでしたが、里山を守るためには、人の営みをより深く知り、地域で生きていくことが大切だと感じ、退職。フリーランスでデザイン業を始めるとともに、真庭なりわい塾の事務局も務めるようになりました。
小林さんは、アメリカ留学中に出会ったネイティブアメリカンの友人の言葉に深く影響を受けました。友人が「大学にはいつでも行けるが、お年寄りから伝統的な暮らしを学ぶ機会は限られている」と話していたことが心に残り、移住後、地域の年配者から里山の伝統的な暮らしや知恵を積極的に学ぶようになりました。現在は、空き家になっていた元旅館を借りて住んでいます。建物の傷みが激しかったため、当初は家の中にテントを張り、そこに暮らしながら、自ら改修を進めてきました。地域行事にも積極的に関わり、中和神社の楽人や夏祭り・紅葉祭の実行委員として活動するほか、今年は秋祭りの当屋を務めるなど、多忙な一年を過ごしています。
◆2年目の実践講座に向けての話し合い
2年目の実践講座に向けて、塾生と実行委員、スタッフの意見交換を行いました。実行委員の一人である鈴木浩幸さんから、改めて「ふいごの会」の活動内容について紹介いただきました。「ふいごの会」では、耕作放棄地を活用した蕎麦や大豆などの生産と山菜の採取・販売を行っています。さらに、塾生の皆さんの興味や希望を聞いたところ、農業への関心が高く、たとえば、古い農具や保存食などの伝統技術、手づくりの暮らし(電気を使わない暮らし)に魅力を感じる塾生が多いことがわかりました。来年のプログラムには、こうした意見を取り入れ、実践的な内容を提供していきたいと考えています。
2日目
◆修了レポートに向けたワークショップ「X年後のわたし」
X年後に自分はどこで、どんな暮らしをし、何を仕事として、どのように地域や社会と関わっているのか。人生の最終的な目標や夢は何か、そのために今、何を具体的に始めようとしているのかなど、一人ひとりのこれからの未来を語り合うワークショップを行いました。ワークシートに記入し、グループに分かれて、その内容をシェアし、これからの展望について解像度を上げていきました。これを元に卒塾レポートを作成し、修了式当日は塾生一人ひとりが「X年後のわたし」を発表します。
◆講義「未来のための江戸暮らし」塾長:渋澤寿一
最後の渋澤塾長の講義では、江戸の価値観から考える持続可能な未来の可能性についてお話いただきました。江戸時代は完全に脱炭素社会で、都市と農村が互いに支え合う循環型エコシステムが機能していました。例えば、都市で発生する糞尿や灰は、周囲の農村で肥料として利用され、農村で育った作物は都市で消費されるという循環が成立していたのです。こうしたシステムにより、鎖国状態であった日本は、3300万人余りの食料やエネルギーを、外部資源に依存することなく、賄うことができました。石油や石炭を使わずとも成立したこのシステムこそ、現代が目指す「ゼロ・エミッション」の原型とも言えます。
江戸時代の社会の大きな特徴は、物資の再利用が日常の文化として根付いていたことです。江戸には古着屋や古道具屋、修理業者が多く存在し、衣類や道具は可能な限り長く使われました。例えば、古い浴衣は寝巻きとして使われ、さらに使い古されると最後はおむつとして利用されました。現代の消費経済とは異なり、かつては「生活そのものが価値を生む」ことが大切にされていました。現代では職業が人の生活(お金による消費)を成り立たせていますが、江戸時代には人の生活(ライフスタイルや価値観)が職業を成り立たせていたのです。
また、当時の日本人には、独立した精神と高い自治意識がありました。自治が確立していた江戸の社会では、モラルや人間性も育まれ、自分で物事を判断していました。幕末に江戸を訪れた欧米人が、奉公人が命令通りに動かない姿に驚いたという記録があります。奉公人であっても、欧米の召使のようにただ主人の命令に従うのではなく、一人ひとりが自らの判断で主人のために最善を尽くしていたのです。また、子どもと大人の関わり方も、現代の日本とは違い、大人が無邪気に遊び、子どもをかわいがる様子が記録に残っています。男性が育児に関わることも江戸時代は当たり前だったようです。
さらに、江戸の暮らしにはシンプルさの中にも美意識が宿っていました。訪れた外国人は、日本の里山の風景や、日本人の簡素でありながらも優美な生活様式に感銘を受けています。彼らの記録には、質素でありながら満たされた生活を送る姿が描かれており、今で言う「ウェルビーイング」の概念に近いものが感じられます。このような貧しくとも豊かな暮らし方は、現代人にとって、学ぶべきものが多くあるでしょう。
都市と農村が一体化した循環型社会、リサイクルが産業の中核を成すゼロ・エミッション社会、自治と節度に基づく自立した社会、そして子どもをかわいがり、美意識も大切にする暮らし。こうした江戸時代の価値観が、私たちが求めるサステナブルな未来の道標になるのかもしれません。
次回講座はいよいよ卒塾式です。今期講座の締めくくりとして、塾生一人ひとりが「X年後のわたし」を発表します。
<講義資料>
1)幸せになるための地域経済(駒宮副塾長)
2)未来のための江戸の暮らし(渋澤塾長)