第8期講座 第5回 「農山村の100のナリワイ」

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10月5日(土)〜 6日(日)に、第8期基礎講座を開催しました。今回は、講義や中和地域に移住した皆さんのお話から、農山村の多様な生き方・働き方を学び、さらに伊藤洋志さんによるワークショップを通じて将来のナリワイを考えました。

<1日目>
◆講義「農山村100のナリワイ」駒宮博男(副塾長)

真庭なりわい塾では、「稼ぎ(収入)」、「務め(地域貢献)」、「暮らし(生活)」のバランスが大切だとし、地域活動やボランティア、自給的な暮らしも「ナリワイ」と定義しています。現在の社会では「仕事=お金を得ること」という考え方が強くなっていますが、お金にならない家事や育児、地域での共同作業も大切な仕事です。非貨幣経済(自給、交換、贈与)は、経済成長にはカウントされません。けれども、自治を基本とした持続可能な未来を実現するためには、「買う」生活から「作る」生活への移行、つまり非貨幣経済(自給、交換、贈与)を私たちの暮らしに取り戻すことが必要なのではないでしょうか。

次に働くことについて考えてみましょう。日本では明治以降、「労働」という言葉が、時間の概念と共に生まれ、賃金労働が一般的になりました。高度経済成長期には、中間層が皆一様に豊かになりました。しかし、今は中間層が没落し、二極化による格差の拡大が進んでいます。労働の均質化がすすむと生産性の低い人の所得は下がります。つまり差異を生み出せる者だけが利益を獲得するようになり、ますます富は上位所得層に集中します。また、第四次産業革命により、労働代替(無人化)が進展すると工場などの雇用が減り、これからは田舎の人が都市に出ても仕事がなくなると言われています。

真庭なりわい塾では、自給的な暮らしや非貨幣経済の重要性を再認識し、貨幣経済に過度に依存しすぎる暮らしや地域経済のあり方を見直す必要があると考えています。公共事業の公営化や非営利の経済を組み込んだ新しい経済構造を作り、地域社会の活性化を図ることが、持続可能な社会への転換となるのではないでしょうか。

皆さんもぜひ、新しい「仕事観」「労働観」を作りましょう。それには、半農=半自給をベースとした社会の転換がいいのではないかなと思います。あなた自身の多業、そして「買う」から「作る」へのバランスをぜひ考えてみましょう!

◆グループディスカッション「先輩たちの話を聞く」〜ローカル暮らしのすすめ〜

中和地域に移住した3人の方をお招きし、移住前後の「稼ぎ、務め、暮らし」の変化や、それぞれのナリワイと暮らし方について、お話を伺いました。

◇高谷裕治さん
高谷さんは、13年前に横浜市から岡山県の中和地域へ移住し、「蒜山耕藝」という屋号で、自然栽培による農業を営んでいます。以前は横浜市役所で社会福祉の仕事に従事していましたが、自然と調和した生き方に魅力を感じて農業に転身。2011年の震災を機に、中和地域へ移住し就農しました。この土地を選んだ理由は「水が合う」と感じたからだそうです。この土地で育った作物を通じて、この土地の自然の力がお客様に伝わっていると実感しています。現在は「くど」というお店を営みながら、会員制で約200人のお客様に作物を届けています。会員になっている方は、単に商品を購入するだけでなく、農業を通じた考え方や生き方に共感している方です。農業はただの生産活動ではなく、作物や「くど」での活動(不定期での食事の提供や展示会などのイベントを行う)を通して、この土地の魅力を伝えることが、地域を持続させるための自分の役割だと、高谷さんは話してくださいました。

◇山崎清志さん
中和地域で「やまざきりんごファーム」を営む山崎清志さんは、真庭なりわい塾の一期生です。大手メーカーの営業職からりんご農家に転身しました。以前は、2億円の半導体を売っていましたが、現在は1個200円のりんごを栽培・販売しています。収入は5分の1以下に減りましたが、地域での生活には満足しており、毎日、楽しい日々を過ごしているそうです。
りんご農家になったのは、塾をきっかけに中和地域に通い始め、高齢で農業を辞めようとしていた方から農園を引き継ぐことができたからです。定年を機に中和地域に移住しました。「ここなら何かできるだろう」と信じ、迷いなく飛び込むことを決意したそうです。しかし、りんごの販売だけでは大きな利益にはならないため、りんごの加工をはじめ、六次産業化にも新たに挑戦し始めています。地域の人や移住してきた人に助けられながら、山崎さんの挑戦は続きます。

◇樋田碧子さん
樋田さんは3年前に大阪から中和地域に移住しました。大阪では「ビッグイシュー」というホームレス支援を行う雑誌の編集部で働いていました。真庭なりわい塾の一期生で、中和地域に移住した人が、お姉さんの友人であったこと、また、自然豊かな地域に暮らしたいと思ったことが、移住を決めたきっかけです。最初は、真庭市の地域おこし協力隊として活動し、現在は「まにわ里山留学」(山村留学)の子どもたちの受け入れや、「はにわの森」の自然体験活動のサポートをしています。二人のお子さんの子育てをしながら、お子さんが通う中和保育園の自然保育の活動のお手伝いもしています。今住んでいる家は、築70年の大きな古民家で、卒塾生のチカラも借りながら改修し、一部を里山留学の滞在施設や、地域の子どもたちが集まる場所として活用しています。中和地域は、人々が温かく、子どもたちがのびのびと育つ環境だと感じているそうです。

3人とも、中和地域への移住によって、単にお金を稼ぐことよりも「務め」や「暮らし」を大切にしながら、自身が納得でき、心地よいと感じられる働き方、暮らし方を実現していけるように、いまも模索を続けられている様子が印象的でした。

◆振り返りワークショップ

塾生ひとりひとりが、自分の人生の歩みを振り返りながら、年齢や環境の変化とともに、自身のモチベーションがどのように変化してきたのかをグラフに表しました。また、塾に応募したきっかけや、塾での気づきなどを、改めて、文章にしてみました。自分の人生を振り返ることは、やろうと思えば、いつでもできるはずですが、忙しい日常の中では、なかなか、その機会がありません。さらに、それを人に話すことで、新たな気づきを得たり、これから取り組みたいことや、今後の人生の方向性が少し見えた方もいたようです。

<2日目>
◆ナリワイをつくる 伊藤洋志さんの講義とワークショップ

現代の日本では、仕事とは「お金を稼ぐこと」であり、日々の暮らしは「お金でモノを購入し、消費すること」だという価値観が、いまだ主流になっています。違う生き方を選べそうで、実は選べない。仕方ないから従っているという人も多いのではないでしょうか。世の中には、さまざまな価値観があります。それを知ることは、自身のナリワイを考えるヒントにもなると、伊藤さんは考えています。

例えば、モンゴルの遊牧民トゥバ族は、数世帯で200頭ぐらいのトナカイを飼育しながら生活しています。トナカイは自ら遊牧へ出かけ、帰ってくるので、労力をかけずに大きなストック(資産)を維持できます。さらにトナカイのミルクはフロー(一定期間で増減するもの)として、日々の生活を支えています。これは、多くの人が「株」をストックと捉え、「給与」をフローと捉える私たちの価値観とは異なる社会です。

また彼らの文化では、所有権よりも使用権が重視されます。誰が何を所有しているかより、誰が何を持っているかを知っていること、それを借りて使えることが重要です。薬草が生えている場所など、生活に必要なモノの情報を知っていることは、生活の維持に直結します。また、所有したいモノは交渉によって手に入れるため、コミュニケーションを基盤とした生活が営まれています。「交換」「シェア」「共有」など、古くて新しい価値観の提案が、これからのナリワイにつながっていくのかもしれません。

伊藤さんご自身は、「遊撃農家」(梅やみかん等の収穫時期に農家を手伝い、直販を行う)の実践や「全国床張り協会」(家主さんからの要望に応じて、床張り作業をワークショップ形式で行う)や「モンゴル武者修行ツアー」の企画運営、海外の友人からの物品輸入、日本各地のゲストハウスの運営、野良着メーカー「SAGYO」のディレクターなど、ユニークで多様なナリワイを生み出し、それらを組み合わせて実践しています。

伊藤さんのナリワイには、いくつかの特徴があります。無駄な支出を減らしつつ、少ない元手で始められること。複数の仕事を組み合わせることによって生計を立てること。また、ナリワイの実践を通じて心と身体を鍛え、技術を身につけられること。ついでに、仲間が増えることなども特徴です。

伊藤さんは、ナリワイをつくるときに、次の3つの視点を大切にしているそうです。①無駄な支出や困りごと、②得意なことや関心のあること、③余っているもの、です。この3つを組み合わせて、ナリワイをつくり出すのが伊藤さんのスタイル。塾生たちも伊藤さんのスタイルにならい、オリジナルのナリワイを構想するワークショップを行いました。

塾生からは、廃校を活用したミネラル豊富な塩の生産販売、里山の木を生木のまま使って日用品をつくることができる木工体験施設、田舎の畑の良い土を都会に運んで腸内環境が整うような畑を作ってあげるサービスなど、様々なアイディアが生まれました。

次回の講座は、「経済と地域〜自分で見つける『豊かさ』と『幸せ』の基準〜」と題して、塾長、副塾長による最終講義やワークショップを行います。

<講義資料>
1)農山村の100のナリワイ(駒宮博男)
2)ワークショップ資料(伊藤洋志)