第2期 基礎講座(7月) ~森林とバイオマス~

■6/24~25基礎講座「地域の産業と暮らし~森林とバイオマス~」

 

今回は、「地域の産業と暮らし~森林とバイオマス~」というテーマで、講義と映画鑑賞、パネルトーク、フィールド見学を行いました。

 

講義は「日本の森と人々の暮らし」について、渋澤塾長(認定NPO法人 共存の森ネットワーク理事長)にお話しいただきました。

日本の森のほとんどは、人々の暮らしを支える里山として利用されてきました。人々は、森で材木や薪をとり、草を刈って屋根を葺き、炭を焼き、焼畑をして、衣食住を成り立たせてきました。絶えず人の手が入ることにより、森に入る光がコントロールされるため、植生の遷移は進まず、落葉広葉樹の森となります。これが日本の里山の姿です。秋田県鵜養集落では、33箇所の森を1年毎に伐って、経年によって変わる多種多様な森の恵みを、持続的に利用する仕組みを持っていました。限りある自然資源を持続可能的に利用するために、日本の多くの地域でこうした知恵が受け継がれてきました。

しかし現代は、燃料や食料を海外からの輸入に頼る暮らしに変化しています。森の木々は33年のサイクルを越えて年をとり、伐っても萌芽更新をしなくなりました。また、森を利用する側の人間も高齢化しているのが現状です。

 

一方、針葉樹は、人の手によって植えられてきました。まっすぐに育つ材は、建築用材として、あるいは桶樽の材として暮らしに活用してきました。奈良県吉野には、250年生の杉林があります。スギを植えた250年前と比べれば、林業技術は格段に高くなったはずですが、この杉林を見ると、私たちはもう、このような森を造ることはできないのではないかと考えてしまいます。30年を1世代とすると、8~9世代がこの森を大切に育て、後世につなぐ意識を持ち続けなければ、造ることはできないからです。石油や原子力に頼った私たちの世代は、次世代に森の価値をつなぐことができません。環境の持続不可能性は、人間社会の持続不可能性であり、環境問題は心の問題だということです。

 

パネルトークでは、中和地区に住む藤井純夫さんと森下好雄さんにお話を伺いました。

中和地区は、タタラや木地師の歴史もある地域で、標高800m以下の森林は里山として利用されていました。地域の共有財産として薪山があり、そのうちの1箇所を30年に1回の頻度で伐って利用していたそうです。製糸に使う木管をつくったり、製鉄工場で用いる木炭をつくったりして搬出し、現金を得ていた時代もありました。そして、山の様子が変わったのは、戦後だといいます。山からとる薪や炭などを燃料としていた時代に替わって、石炭や石油が普及したからです。昭和40年頃には、電気やガスが入り、竈(かまど)や薪風呂も減っていきました。森は利用する頻度が急激に減り、しだいに暗くなっていったといいます。大きくなりすぎた老木は炭にしても、火力が弱いそうです。

本来の森の姿を取り戻すためには、私たち自身の森に対する接し方、暮らしのあり方から変えていく必要があるということを教えていただきました。

 

2日目は、中和在住の和田厚志さんに、人工林の間伐、枝打ちの実演、道具の説明、現在の取り組んでいることについてお話しいただきました。

1本の立木を倒し、枝を払い、玉切りするところまでの一連の作業も見学しました。狙った方向に安全になおかつ素早く切り倒していく様子、チェーンソーが幹を撫でるように枝を払っていく様子を間近で見せていただき、和田さんの技術の高さに感動しました。また、伐ったばかりの生木を持って重さを体感し、重労働である山仕事の大変さも知ることができました。さらに、木を切るときに必ず祈るという山の神様に対する作法や、用途にあった道具にあわせて柄の材質も選んで使っていることを教えていただきました。お話の最後には、障害のある子どもたちや心を病んでいる人たちが森林での体験を通じて、自分を取り戻す場をつくっていきたいという夢も語ってくださいました。

和田さんの技術や熱い想いに涙する塾生もおり、充実したフィールド見学となりました。

 

最後の講義では、「真庭の林業とバイオマス」と題して、澁澤塾長(認定NPO法人 共存の森ネットワーク理事長)にお話しいただきました。

20年程前、真庭市勝山や久世を中心に地域づくりを考える動きがありました。その活動を通してわかったことは、「地域づくりは、細かなディテールの積み重ねである」ということでした。コンセプトだけを描いても、実際は何も進みません。たとえば、10年後には、家族はどんな暮らしをしているのか。地域の産業はどう変わっていくべきか。未来のディテールを細かく想い描いていき、そこから現在を振り返って、今何をすればいいかを考えます。常にバックキャストしながら、そのディテールをどう実現していくか、考え行動し続けることで、真庭は変わっていきました。

様々な取り組みの一つとして、木質バイオマスを燃料として安定供給するための集積基地をつくりました。林地残材(未利用材)や製材所の端材、樹皮など、あらゆる木質バイオマスがここに運びこまれ、その重量に応じて対価が支払われます。関係者全員で取引する材の価格を決めました。それによって、みんなで地域を経営していくという自治意識や、利害関係だけではない信頼関係が生まれました。山主には、利益の一部が還元される仕組みもできました。さらに、そうした取り組みを地元の子どもたちや地域外の人に伝える動きも生まれました。お金だけでは単純に換算できない価値が生まれたのです。

この50年の日本は、経済性、効率性、合理性だけを考え、関係性というお金で計れない価値を切り捨てきました。しかし、地域づくりは、人と人、人と自然、世代と世代の関係を再構築することが重要です。お金や数値で測れない価値も含めて、新たな価値観やライフスタイルをつくっていくことが、真庭の産業を変え、暮らしを変えました。そして、住民は地域に対して誇りを持つようになったのです。

 

《講義資料》

講義1)

日本の森と人々の暮らし①

日本の森と人々の暮らし②

日本の森と人々の暮らし③

講義2)

真庭の林業とバイオマス①

真庭の林業とバイオマス②